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小論文の書き方 型にはめるだけの簡単な方法

小論文は、文章の型を覚えれば攻略できる科目です。

型の暗記だけで対処できるほど甘くはありませんが、型を活用さえすれば、それほど難しくありません。自分の考えを型に流し込めばいいだけ。 一定のトレーニングを積めば、論理的な文章を書けるようになります。

それでは、さっそく、小論文の書き方について具体的に解説します。

    小論文の型

    (1)問題提起 競争社会は人々を幸福にするか?

    (2)序論 生産性は向上するが、人間の幸福感とは関係がない。

    (3)本論 競争社会によって社会は疲弊して、やせ細った。

    (4)結論 競争社会は人々を不幸にする。社会の転換が必要だ。

上記が、今回紹介する「小論文の型」です。

(1)問題提起で、自分が何について賛成または反対を主張しようとしているのかを説明します(競争社会は人々は幸福にするのか?)。

(2)序論で、賛成・反対のどの立場に立つのかを示します。
そして、ここから持論の展開が本格的に始まります。

(3)本論で、持論を展開します。なぜ自分が賛成もしくは反対の立場に立つのか、その理由を示すのです。問題提起されたテーマについて、背景・歴史的経緯・原因と結果などを示して、自分の意見を述べましょう。
小論文のメインになる段落なので、ここが腕の見せ所になります。

(4)結論で、全体を整理したうえで、もう一度持論をはっきりさせます。

 

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(1)問題提起

問題提起とは、課せられたテーマについて、あなたなりの切り口を示して、それに基づいて疑問を示すことです。

先の例で言えば「競争社会は人々を幸福にするか?」です。競争社会という「問題の場」があって、それに対して、人々の幸福度という視線を投げかけているのです。ここが小論文のスタートになります。


問題提起にも、型があります。「個人的体験」「客観的事実」です。

「先日、車椅子の方が歩道の段差につまづき、周囲の人が助けていた」という個人的体験からバリアフリー社会について評論をスタートさせたり、

「最近、一部の政治家の失言が相次いでいる」という書き出しから、言葉とモラルの関係について持論を展開できます。

自分が書きやすいパターンを活用しましょう。そして、文末を「~だろうか?」で結ぶと、読者に疑問が投げかけられ、問題提起が完了します。

注意するべきなのは、問題提起の段落を長くし過ぎないことです。あれもこれも詰め込んで、長々と展開してしまうと、読む側も息切れします。

また、これは小論文全体に言えることですが、「感情的な言葉」を使ってはいけません。「私は競争社会に怒っている」という主張をすると、論理的な文章ではなく、単なる感想を述べる作文になってしまうからです。


(2)序論

序論では、自分の主張の先出しをして、次の本論につなげます。

いわば「助走」のような段落です。
書き方は「なるほど確かに~だ、しかし~」という譲歩構文が便利です。

「なるほど確かに競争社会は企業の生産性を向上させ、日本の国際競争力を高める。しかし、競争についていけない人の方が多数派だ。」このように反対意見を先に封じておき、持論を展開させるのです。

これは次の(3)持論展開で詳しく触れますが、持説に都合のよいことばかりを述べては、浅い小論文になってしまいます。反対意見に触れて、一応の配慮をしておけば、視野が広い人物であることもアピールできます。


誤解してはいけないのは、この段落で書くべきことは持論の提示です。

イメージとしては「(その後の展開を)匂わせる」。全体のボリュームとしては、800字の小論文なら「持論提示」は260字程度で、30~40%程度にとどめます。そのため「反論封じ」で提示する反論は1つで構いません。

反論を複数提示すると、それに対立する自分の主張がブレてしまいます。あれもこれも提示すると、一体どれと対立する主張なのかが掴みづらくなるからです。自分の主張を「なるほど確かに~しかし~だ」の譲歩構文に素直に流し込みましょう。ひねったり、ふくらませる必要はありません。


(3)本論

本論の展開は、前段の序論を受けて、「なぜなら~」「その背景には」「歴史的背景を見ると~」というように掘り下げます。この際、論点は1つに絞りましょう。自分の知識をダラダラと書き連ねるのは危険です。

何を言おうとしているのか分からない、論旨のつかみづらい文章になる恐れがあります。対策は簡単で、結論を先に書いてしまいましょう。

「競争社会は、人々を激烈な成果主義のゲームへと駆り出し、肉体と精神を追い詰めていくのだ」と先に書いてしまいます。そして、「なぜ、このような競争社会が日本に到来したのか?その背景には、アメリカ発の新自由主義思想がある」というように書き出します。結論を先に書くことで、文章の内容も自然に決まってきますし、そのゴールも明白になります。

はじめに主張を終わらせることで、文章のゴールが定まってきます。


具体的な本論の書き方

さて、本論の書き方ですが、大きく分けると2つ。
「原因型」「本来型」です。

    ■原因型

    「その原因が〜である」「その背景には〜がある」と言うように、なぜこのようなことになってしまっているのかを掘り下げます。

    「競争社会到来の背景には、アメリカ発の新自由主義がある」というように切り出し、その後に詳しく説明するのです。

    ■本来型

    「そもそも●●とは〜である」というように「本来はこうあるべきなのに、そうなっていない」という展開をします。

    「そもそも社会は競争する場所なのだろうか。かつて「会社共同体」という言葉があったように、同じ日本人を仲間とみなして、極端な落ちこぼれが出ないようにするのが本来の社会の機能だ。」

    このように展開します。本来の形と現在の状況を対比させて、持論の正当性を強調するのです。

使いやすい型を利用して、書きましょう。

ただし、本来型を使用する場合は要注意です。そもそも、それが本来の姿なのか?なぜ、そのように言えるのか?を突っ込まれると、論理的強度が容易に崩れてしまいがちだからです。書き手が勝手に「これが本来の姿だ!」と思い込んでいるだけかもしれません。偏見が忍び込むのです。

テーマによって、本来型になじむものとそうでないものがあるのです。


「本来、障害者が活動しやすいようにバリアフリーを推進するべきだ」という持論は、まず反論されることがないでしょう。

しかし「女性は、家庭で専業主婦をして、夫を支え、子供を育てるべきだ」という持論は、反論されるどころか、偏見と見なされる可能性が極めて高いです。政治家なら失言ものでしょう。

したがって、本来型の使用は慎重になる必要があります。


社会的問題にスケールアップさせる。

本論で持論展開するのに重要なのは、文章の型だけでなく、社会問題にからませて書くことです。ここで扱う素材を間違えると、小論文全体が途端にショボくなってしまいます。例えば「愛国心」がテーマだった場合に、

    「日本人に愛国心はない。オリンピック開催時に愛国心の高揚が起きるが、時期が過ぎれば、誰もそのようなことを口にしなくなるからだ」

話のスケールが小さすぎます。このような話は、床屋談義に過ぎず、テレビを見ながらのボヤキに過ぎません。小論文に持ち込んではいけません。

率直に言って、雑談レベルの話題に過ぎないので、それを小論文に持ち込んではいけません。しっかりと社会問題にからませましょう。

「民主主義」「グローバル化」「ファシズム」「相互扶助」などの、いかにも大きなテーマにからませて愛国心を論じるようにします。


    「なるほど確かに、愛国心の高揚には危険な側面もある。自国民のみが優秀だという思い込みが社会的に共有され、他民族に対する排外主義を引き起こす可能性があるからだ。しかし、愛国心は社会の連帯を強め、相互扶助のネットワークを強化する機能もある。仲間を助けようという気持ちが社会的に共有されるのだ。」

このように話を大きくすることが出来ます。
一気に、小論文っぽくなるので、社会問題との絡め技は大変有効です。


(4)結論

結論は難しく考える必要はありません。テーマに対する自分の立場を改めて述べるだけで構いません。 「以上により〜である」「したがって、〜と考えられる」というようにあっさりと締めてしまいましょう。

この段落に来るまでに、さんざん持論を展開しているので、ここで新たな展開をする必要はありません。 これは私が小論文の講師に受けた指導ですが、結論で「意思表明」と「新たな問題提起」をすると減点されます。


「意思表明」は、環境問題について論じたあと「私は日常生活でリサイクル活動に力を入れたい」と個人的な努力目標を掲げてしまうことです。「だから、どうした?」という話で、論とはまったく関係がありません。

また「新たな問題提起」も問題で、「このままでは地球環境は汚染され、人間が住めない星になってしまう。果たしてこんなことで良いのだろうか?」というように余韻を残して文章を結んでしまうのです。

せっかく、冒頭の問題提起に答えを出してきたのに、最後の最後にまた問題提起が飛び出してしまう。これまで展開した主張が台無しになります。


したがって、結論の段落は、あっさり結びます。「したがって、環境保護は重要なのだ」これで終わりです。ここまで来るのに筆が乗ってきているのかもしれませんが、余分に書きたい気持ちをグッと押さえましょう。


 

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■よくある失敗例

■感情的な言葉を使ってしまう。

小論文を感情的に書いてしまう型がいますが、典型的なダメ小論文です。

「バリアフリーに協力的ではない社会を私は許せない」と書いてしまう。小論文は、あくまで理性に基づいて、言葉で読み手を説得する文章です。

感情をあらわにして、「許せない」と断じてはいけません。単に個人の感情を吐露しているだけで、相手の賛同を得るような文章ではありません。当然、採点者からは減点されてしまいます。


それでは、小論文らしい文章とは、一体どのようなものか?

    「反対の立場を理解した上で、自分の意見を述べている文章」

「私は愛国心を悪いものにしか考えない」と言うのでは、反対の立場の人たちを一方的に切り捨てることになります。感情の吐露は感想であって、論理的な文章とはかなりの距離があります。ただの殴り書きなのです。

具体的な書き方ですが、一定の理解を示した上で、持論を述べればOK。


    「愛国心の高揚は、ファシズムの到来を招くので、私は気をつけて付き合うべきだと考える。もちろん、愛国心があることで社会が連帯して、より良い社会を目指す動機付けとなるのは確かだ。

    しかし、知的に洗練されなければ、国民が自国の主張を盲信してしまう危険性があるのは否めない。」

このように反論に対して一定の理解を示した上で、愛国心の危険性を強調します。「なるほど確かに~、しかし~だ」という譲歩構文を使います。

筆が感情に走りがちな方でも、この構文に流し込めば、論理的な文章になります。譲歩することで、主張がより際立つ効果もあります。



■道徳論が感情論を導く。

よくあるダメ小論文には「道徳論」を書いてしまう文章です。

  • 「他民族に理解を示すのは当然のことだ」
  • 「困っている人を助けないのは不道徳だ」

このような道徳的なことを書いてしまうのです。

もっともなご意見かもしれませんが、これでは単なる価値観の表明に過ぎません。そればかりか、道徳論は感情論を導く恐れがあります。


はっきり言えば、立場の好き嫌いであったり、道徳的な感情は誰でも持っています。簡単に言うと、人間は良いことが好きなのです。

そのため、道徳的に正しい結論に持論を持っていきがちですが、それを論理的に書けるかどうかは別の話です。理論的に書いているつもりが、ただの感情の押し付けになりかねないのです。

これは、感情論が道徳論の顔をしがちだからです。具体的には「排外主義は大嫌いだ!」という感情が、道徳論を導き、論理性が欠落するのです。嫌なのかもしれませんが、そういう感情をグッと押さえて、論理的な文章を書くのが小論文です。嫌悪感を出して、相手を説得するのはNGです。


■作文教育の弊害

これは私の推論ですが、作文教育の弊害があると思います。学校の作文では、あるテーマについて自分の考えを述べます。自分の考えを書くだけなので、本来その内容は自由なのです。

しかし、現実の学校教育では「道徳的なこと」を書いた方が先生からのウケが良いのです。「お年寄りは尊敬するべき」「仲間を思いやろう」という文章を書いた人が褒めてもらえる。


そのため、作文の授業が道徳の授業にすり替わるのです。

受験生には、このイメージが強烈にあるのでしょう。そのため、小論文でも同じことをやってしまいがちなのです。おまけに、一部の人たちは、小論文を作文の延長にある「難しくて立派な文章」ととらえています。

とりわけ、このタイプの方々が、道徳的な感情論を書いてしまいがちです。作文はともかく、小論文は論理によって読み手を説得する文章です。

小論文という文章それ自体は価値中立的なもので、どこまでもニュートラルなものです。そこに感情はありません。道徳論によって感情論を導かないように注意しましょう。



■反論を気にし過ぎて、どっちつかずになる。

小論文を書く際に反論を気にしすぎるあまり、持説の主張を適切に展開できず、どっちつかずの文章になることがあります。

    「私は愛国心とは、気をつけて付き合う必要があると思う。もちろん、国を愛することで社会の連帯が強まり、相互扶助の基礎になるのは理解できる。また、社会貢献への意欲も高まり、自国のために働くマインドを形成することもできるー」

このように反対意見に理解を示し過ぎてしまい、結果として、自分の立場がぼやけてしまうのです。 なるほど確かに、この社会に絶対に正しい意見はありません。また、特定の意見を絶対視すると、狭量な人物と見なされかねません。日常生活では、あいまいな立場を取る方が多いでしょう。

しかし、小論文は、自分の立場を正しいと主張する文章です。反対意見に理解を示しながらも、自分の意見こそが正しいのだと読み手を説得しなくてはなりません。心理的抵抗を覚えるかもしれませんが、割り切ります。

持説こそが100%正しいという前提で書かなくてはなりません。自分の考えを旗色鮮明に打ち出しましょう。


ちなみに、小論文で反対意見を取り上げて、一定の理解を示すのは、単なる「反論封じ」が目的ではありません。反論を取り上げることで、むしろ自分の主張をより強調しているのです。

イメージとしては、甘いものに塩を入れると、より甘くなるのと同じ。

自分と異なる意見を紹介する。そして、反対意見を検討した上で、それでも自分の考えが正しいと打ち出す。単なる偏見ではなく、全体を見通したうえで、私はこう考えていると匂わす。こうすることで、持論がひきたつのですね。反対意見は持論を引き立てるスパイスと割り切ります。



■書き言葉ではなく話し言葉で書いてしまう。

驚くべきことに、小論文を書き言葉ではなく、話し言葉で書いてしまうケースがあります。「いろんな意見がある」「〜してる」「しないべきだ」と小論文に書いてしまうのです。書き言葉では「いろいろな意見がある」「〜している」「すべきではない」となり、こちらが適切な表現です。

LINEやTwitterでは話し言葉でも構いませんが、
言うまでもなく小論文は書き言葉で記述するものです。

万が一、話し言葉で小論文を書いた場合は、文章全体が幼稚な印象になります。それだけでなく、減点の対象になるので、あってはいけないこと。

書き言葉と聞いてピンとこない場合は、書き言葉と話し言葉を勉強して下さい。読書の習慣がある方でも、うっかり書いてしまいかねないですから、自信のある方も一度両者の違いに目を通して下さい。

参考:あなたの文面は大丈夫?話し言葉と書き言葉



■起承転結で書いてしまう。

良い文章の型として、しばしば引き合いに出されるのが「起承転結」。

    結論から言うと、小論文では起承転結は使えません。

「起承転結」は『書き出し→その続き→別のテーマ→もとのテーマ』という文章構造のことですが、もともとは漢詩の構成法でした。

漢詩の面白さは結末が見えないことにあります。冒頭を書き、転でひねって、意外な結末を打ち出す。だから小説の構成にも用いられるのです。

起承転結は、物語に向いているのですね。

しかし、小論文はあらかじめ行く先が分かっている文章です。
論理が一本の線で貫かれているので、「転」で意味の繋がらない段落を挿入してはいけません。「序論・本論・結論」の素直な一本道なのです。

論文の書き方を指南する書籍で起承転結が推奨されることもありますが、やや事情が異なります。「転」で「テーマを別の角度から検討する」という意味で使っている場合が多く、本来の起承転結の構造ではないのです。

本文でも紹介したように、問題提起の後は「序論」「本論」「結論」で一本道で書くようにしましょう。話を転がす必要はまったくありません。

 

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